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大阪地方裁判所 昭和25年(わ)3568号 判決 1951年5月30日

本籍

大阪市阿部野区播磨町西二丁目三番地

住居

大阪市西成区有楽町十九番地

無職

安田明

明治二十五年十二月三月生

右の者に対する所得税法違反被告事件について当裁判所は検事某、某、某出席の上審理を終り次の通り判決する。

主文

被告人を懲役四ケ月及び罰金五十万円に処する。

右罰金を完納することができないときは二千五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

但し本裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

被告人は大阪貯蓄信用組合に対する預金の仲介を業とすると共に大畑石綿工業株式会社に勤務していたものであるが昭和二十四年中に於て大阪貯蓄信用組合に対する預金仲介手数料による事業所得が金百二十万百七十円、右大畑石綿工業株式会社から受けた給与所得が金三万七千二百円以上合計金百二十三万七千三百七十円(此の所得税額金七十四万四千八百七十七円)であるに拘らず所得税を逋脱する意因の下に右所得の大部分を他人名義等で預金して隱匿し、昭和二十四年六月三十日所轄阿倍野税務署に対し同年中の所得見積金額を申告するにあたつて右事業所得を全く秘匿して金十万四千円(此の所得税額金一万九千四百二十五円)と寡少に記載した虚偽の六月予定申告書を提出し更に同年十一月二十六日右税務署に対し右事業所得を全く秘匿して同年中の所得見積金額を金十万四千五百円(此の所得税額金一万九千四百二十五円)と寡少に記載した虚偽の十月修正予定申告書を提出したところ、同年十二月二十五日右税務署から所得金額金二十一万二千円(此の所得税額二万四千五百四十三円)の更正決定を受けたので之に対して同年十二月三十一日右税務署に対し事業所得が全くない旨を記載した上申告書を提出した後、昭和二十五年一月四日右税務署に対して所得金額審査請求書を提出し、同年一月三十一日までに右税務署に対して所定の確定申告書を提出せざる等の不正の行為に因り昭和二十四年度の所得税金七十二万七百八十四円を納付しないで逋脱したものである。証拠を検討すると右事実は

一、大阪貯蓄信用組合専務理事木下英男作成の証明書

一、被告人安田明作成の預金取継による収入手数料一覧表

一、大畑石綿工業株式会社々長大畑徳太郎提出の安田明に対する昭和二十四年分給与所得に対する所得税源泉徴収簿

一、安田明名義の昭和二十四年分所得税六月予定申告書写

一、安田明名義の昭和二十四年分所得税十月修正予定申告書写

一、安田明に対する所得税調査簿二通及所得税台帳一通

一、安田明作成に係る審査請求書

一、安田明作成の申告書

一、木下英男に対する検事作成の第一回供述調書並添付の明細書一綴

一、中島仲子に対する検事作成の供述調書

一、押収に係る預金者調二冊の存在

一、被告人安田明に対する大阪国税局国税査察官川井景樹作成の第一回質問顛末書

一、被告人安田明に対する検事作成の第一回供述調書

一、被告人安田明に対する検事作成の第二回供述調書並添附の明細書(別表一)安田明と名義人との関係一覧表、安田明仲介分一覧表但謝礼を取らぬもの、安田個人分利息計算書(別表二)

合計一覧表

一、被告人安田明に対する検事作成の第三回供述調書並添付の第二ブローカーに渡した金額明細書、組合から受取らなかつた謝礼金額明細書、預金仲介による所得計算明細書

一、被告人安田明に対する検事作成の第四回供述調書を綜合して之を認める事が出来るから

結局被告人の昭和二十四年分の総所得金額は

一、預金仲介手数料総額 金 二、三三五、〇四〇円

一、給与所得総額 金 三七、二〇〇円

合計 金 二、三七二、二四〇円

であり総支出金額は

一、第二ブローカーに支払つた金額 金 三三二、六七〇円

一、現実に受取れなかつた手数料 金 六〇、九〇〇円

一、不渡小切手損金 金 一二〇、〇〇〇円

一、必要経費 金 六二一、三〇〇円

合計 金 一、一三四、八七〇円

であり、差引純所得は金百二十三万七千三百七十円であつて、この所得税額は金七十四万四千八百七十七円であること税法算数上明白なところ、被告人が納付し又は納付意思にあつた税額は

一、給与所得に対する源泉徴収税額 金 四、六六八円

一、修正申告税額 金 一九、四二五円

合計 金 二四、〇九三円

であるから結局被告人の脱税額は以上差引税額金七十二万七百八十四円であると断じなければならない。尚弁護人は、被告人の大阪貯蓄信用組合に対する預金の仲介は右組合の不正行為を仲介したものであるから、当該信用組合の理事その他責任者に対する関係に於てその背任又は橫領罪の幇助として、或は又貸金業等の取締に対する法律に違反するものとして問擬せられるのは格別、それ自体不正なる被告人の仲介業は所得税法第一条に所謂事業に包含せられるべきではないから、本件被告人の所得は事業所得ではないと主張するので此の点について判断する。

所得税法に所謂事業とは一般社会通念上事業と認められるもの一切を総称するものであつて、それら事業が個々的に法令上禁止せられているか否かは問うところでない。

即ち金銭の貸借及びその仲介そのものは、法律上何等違法なものでなく、金貸及びその仲介業は社会通念上職業と見られており、唯社会政策的立場より法規をもつていろいろ制限を設けることがあるけれども之を以て直ちに金貸及びその仲介業そのものの社会に於ける職業的性質を否定するものではない。かゝる法規がそれ自体遵守を要求し違反者に対して罰則を以て臨むことはその違反行為による所得に対して所得税を賦課徴収することを禁止することを意味しない。所得の原因たる事業が如何に概念されるかは所得税法自身の解釈に待つべきである。而して所得税法に所謂事業とは前記の如き諸法規の存否に拘らず既述の通り社会通念上事業とみられ得るものすべてを包含すると解すべきものであるから仮令金貸業者に於て利息制限違反或は浮貸等の不正が存しても、その金貸業者に対する預金の仲介を業として得た所得に対して之を事業所得として課税することは何等差支へなく、弁護人の主張は採用するに足りない。

更に弁護人は本件被告人には所得税逋脱犯の要件たる逋脱の意思及び詐偽その他不正の行為を具備していなかつたものであるから犯罪を成立しないものであると主張するけれども、前掲各証拠に徴し被告人が判示事業所得の大部分を他人名義で預金し且つ昭和二十四年度の所得の申告に当つては全然これにつき申告しなかつた事が認められるのであるから、この事実に徴しても被告人が逋脱の意思を有し、隠匿及虚偽申告といつた不正の逋脱行為に出でたものであると断ぜざるを得ない。尤も安田明名義の承諾書及証人南清、森孫兵衛の当公廷に於ける各供述によれば、大阪貯蓄信用組合が整理されるにあたつて同組合預金者聯盟委員長南清の斡旋により昭和二十五年一月十日被告人が本件仲介手数料の所得金全部を右組合預金者聯盟に提供する旨の承諾書を作成している事実が認められるけれども該事実によつても被告人の昭和二十四年分の納税義務に何等の消長を来たすものでなく、又之により脱税の意思がなかつたものとは認められないから弁護人の本弁疏も採用の限りではない。

法律に照すと

被告人の判示所為は所得税法第六十九条第一項に該当するところ同法条は昭和二十五年三月三十一日法律第七十一号により改正されたが同法律附則第二十一項に従い改正前の法条に則るべく、情状に因り懲役と罰金とを併科するものを相当と認めるから同条第一、第二項に則り所定懲役刑と罰金額の範囲内に於て被告人を懲役四月及び罰金五十万円に処すべく刑法第十八条を適用して被告人に於て右罰金を完納することができないときは金二千五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置すべきものとすべきところ諸般の情状に鑑み右懲役刑の執行を猶予するのを相当と認め同法第二十五条に則り本裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予すべきものとし訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条に従い全部被告人をして負担せしむべきものとする。

仍て主文の通り判決する。

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